やっぱり書きたいから

いろんなことがありましたが


ブログを1年近く放ったらかしていました。こんなことではいけないとわかっていましたが、なかなか機会がつかめず。
でも、今日再び書きたくなるような出来事があったので、久しぶりにページを開いたというわけです。

この1年間、本当にいろいろなことがありました。

父、祖母、従兄弟の死。

母の認知症発症。

母と障害のある妹が一緒に入れる施設へ入居。

自宅売却。それとともに、転出届も出しました。

日本に何度も帰りました。だんだん話が通じなくなる母と妹にやきもきしながらも書類仕事を進め、自宅も更地にしました。
子どもの頃からの思い出の品も持ち出す暇もなく、あっという間に買い手がつき、一気に片付けられてしまいました。

家を売った資金は、母と妹の今後の生活費に充てるよう手配しました。母は遺族年金、妹は障害者年金を貰っているので何十年かは大丈夫なはずです。
でもこれで、私が帰れる故郷は、ほぼ消滅してしまったことになります。これからはハワイのみを故郷に生きていかなければなりません。大げさですが。

で、これは蛇足ですが、父の遺産相続でわずかなお金を手に入れたので、夫の仕事用の車と、以前から欲しかった、ちょっと高めのバッグを買いました。

…と、こんなことがいっぱいあったわけですが、その間、ずっと2つの仕事は続けていました。夫との関係も良好です。働くことができ、家庭があり、ありがたいことです。

近況報告はここまでにして…

本日パロロ本願寺で、元ラジオ福島のアナウンサー、大和田新氏の講演会およびアニメ「無念」の上映会取材に行ったのです。
この催しについては、また次回じっくりと書かせていただきますが、そのなかでとても印象的な言葉があり、それがほぼ錆び付いていた私の気持ちに、再び活気を与えてくれ、で、矢も盾もたまらずこの鬱勃としたものを、ここに書き綴っておこう、と。

大和田氏はご退職後、福島の現状を伝えるという自らの使命にかられ、講演活動に携わっておられます。
ハワイでも素晴らしいお話をきかせていただいたのですが、その中で福島の若者たちのお話になりました。

福島の原発事故被災地の高校生は、大変な苦難を乗り越えて、皆夢を抱いているわけです。
「医者になりたい」または「〇〇先生のような人になりたい」と。

そんななか、高校生に自身の夢を聞かれた大和田氏はふと詰まってしまいます。

私は中年だから…と。で、生徒は言い放つわけです。

「夢を語れない大人なんて意味がない」と。

私の夢ってなんだろう? 夢という言葉を使うことすら気恥ずかしい気持ちになっていた今日この頃。

やっぱり書くことなんですよね。今も物を書く仕事に携わっています。華やかな反面不本意なことも多く、商業主義にまみれつつ、虚飾を伝えることに大きな時間を割かれることも頻繁にあるのです。

書かせていただくだけで嬉しいのは本当です。でも「書く」を超えて、自分が本当に大切だと思うことを、しがらみを乗り越えて「発信する」ことこそ、私の夢なのですね。今まで、忙しさにかまけて後手後手に回ってきましたが、ここでやらないでどうする、とお尻を蹴飛ばされた気分なのです。

まずはこのブログを再開という非常に小さな一歩から踏み出しますが、次第に大きなものへと育てていきたいと思っています。

ぼちぼちと、でも着実に。