父の日によせて

ライトニングハワイ、ハワイ暮らしと大人のてんかん闘病記

今は病床の父に感謝を込めて

昔を思い出してみると

久々にブログをアップしました。ずいぶんと間が空いてしまい申し訳ありません。
少しずつ時間を見つけて、書きたいことはたくさんあるんですけどね。

さて、今日は父の日ですね。日本では時差があるので、一日違いですが。
Happy Father’s Day!

我が家には子どもがいないので、父の日といえば私の父のことを思い浮かべます。

今は、病床で、歩くことも話すこともままならず、私と会っても私が誰だかもわからないような状態ですが…

父のことを思い返してみると、自分がいかに父の影響をうけているか、今更ながらに驚きます。

私の父は学者で、若い頃から学究肌というのか、とても浮世離れたタイプでした。
お酒もタバコもギャンブルも一切せず、たまに口にする嗜好品はキャンディのみ。
研究が趣味で、テレビも見なければ買い物にも一切興味がなし。

おしゃれにももちろん興味なく、何十年と同じ丹前(季節によってはガウン)を着て、机にむかって原稿を書いていた姿が思い出されます。

書斎は本だらけでカビ臭く、大きな机の上には資料がいっぱい。地震がきたらひとたまりもないような環境で、父はいつも机に向かっていました。

時々は、若々しく一緒に遊んでくれるような友人のお父さんがうらやましかったこともあります。

お父さんと洋服を買いに行ったりクレープを食べたり、友達同士のように話す友人をみて、「あ〜、我が父はなぜこうも浮世離れているのだろうか…」と嘆息したことも数知れず。

父は古い自転車をたくさん拾ってきては、使えるパーツを組み合わせて、お気に入りの自転車を組み上げていました。もちろん車の免許も持っておらず、家族でドライブをしたこともありません。

でも、ひとたび研究となると、とても頭が冴えていて、新しい学説を唱えたり、本を何冊も出版したりと大活躍でした。お弟子さんたちにも慕われていたのではないかと思います。

小さい頃は父のようにはなるまいと、できるだけ世俗的な方面に突き進んでいた私ですが、大学院に入った頃から父と同じように研究が大好きになりました。リサーチしながら、頭の中でどんどん世界を組み立てて、その中を自由自在に歩き回っているような感覚がなんとも言えず楽しく、気付けば数日飲まず食わずということもありました。

研究はとても楽しかったのですが、残念ながら若い頃から世俗的なことを考えすぎたせいか、修士論文完成間近に変に計算が働いてしまい、結局博士課程には進みませんでした。

今は研究とは正反対の生き馬の目を抜くような(?)業界にいますが、やはり読むことと書くことはまったく苦になりませんし、リサーチも大好きです。おしゃれな楽しみは得られませんでしたが、図書館に連れて行ってくれたり、欲しい本は何でも買ってくれた父に心から感謝しています。

今は認知症が進み、昔のことは覚えていないでしょうけど、感謝の気持ちはずっと持ちながら、できるだけ父の顔を見に日本に帰れたらと思っています。