切ない風景で、中年の目にも涙

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乾いた叙情には勝てません

sunset

若い頃は感情過多だったせいか、夕暮れや黄昏時になると、なんとも胸が締め付けられるようで、矢も楯もたまらないような気分になったものですが、中年にもなると、その辺がやや鈍磨するというか、冷静になってきたように思います。

もちろん、胸が締め付けられるような(言いたかないけど胸キュンてやつね)思いは、四六時中味わってはいるのですが、その都度「ちょっと待てよ」と素に戻るというか、表面だけの「切なさ」に流されないようになったように思います。

大人になったのだとは思うけど、同時につまらなくなったともいえますね。

今日、会社からの帰り道、久しぶりに切ない気分が襲ってきました。ちょうど日没ちょい前、場所はカリヒの刑務所(拘置所かな?)前。そこを車で通っていると、夕日を背に、鉄条網が黒光りしていたんですよね。

どんな気持ちの人々がいる場所にも、夕暮れは変わらずに降り注ぐのだな、と。またカーラジオからは、いい感じでFijiの曲が流れていたりして。いやあ、中年の目にも涙!

小学校時代に読んだ詩を思い出してしまいました。

太郎を眠らせ太郎の屋根に雪ふりつむ。
次郎を眠らせ次郎の屋根に雪ふりつむ。

だったっけ。

子供のときは、「ふーん、雪って静かに降るんだな」ぐらいにしか思わなかったのですが、
一瞬にして、ああ、こういうことか、と。

雪も夕日も、すべからく万物に降り注ぎ、そこにはなんら感情の入る隙もないということなんだな、自然の乾いた叙情なんだな、と。湿った叙情は簡単だけど、乾いた叙情はもっと来るよな、と。普段は封印している文学スイッチが入りそうになりました。

いけない、いけない、下手に文学スイッチが入ると、今の仕事が虚しくなるからね。

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